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地味の美学の境地 閑谷学校に行ってきた

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 岡山県にある旧閑谷学校に行ってきた。閑谷学校は日本最古の公立学校という事で有名な観光地である。最近自分の中で、備中松山藩で藩政改革を行った山田方谷に興味がある。その山田方谷が明治時代に閑谷学校の再興に携わったという事で、閑谷学校に行ってみたくなった。行ってみて実感したことは、この建物は「地味の美学」にあるということだ。

 閑谷学校は、重厚感のある古びた建物という印象だ。きらびやかな装飾は一切ないが、その代わりに静寂と清廉さに満ちていて、優しく抱擁してくれるような雰囲気がある。しかしながら、その他には特に見所がなく何とも寂しい観光地だなというのが第一印象だった。その後資料館に行って、閑谷学校の建築様式を知るにつれて、隠れた魅力を知るようになる。

 閑谷学校の横に資料館があるのだが、そこでは閑谷学校の魅力を紹介していた。すると分かったことは、無駄が一切ない建物として完璧なものであるということだ。驚くべきことに閑谷学校は300年の間、幾度もの地震にも負けず現存しているのだ。普通なら長い歴史の中で、建物が劣化していくが、閑谷学校はそんな気配がない。ビー玉が転ばないほど建物が真っ直ぐであり、床は磨いていないのにピカピカだ。300年という歴史の風雪にも負けず、いつまでもその場所にある。これほどの存在感と、説得力はないと思う。

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 300年経ってもびくともしない、閑谷学校の秘密は、当時建築を担当した津田永忠という人物の功績らしい。彼は岡山のダヴィンチとも言われていて、その技術をつぎ込んだのが閑谷学校なのである。瓦や床、柱の一本一本、そして目には見えない床下の基礎部分にも綿密な工夫が凝らされている。その結果300年も続く建物を作り上げる事ができたのだ。一見するとそこまでの工夫はわからないが、見えないところで途方もないほどの努力をしている閑谷学校。存在自体がかっこいいと思った。

 初めて知ったのだが閑谷学校は、東の東照宮、西の閑谷学校と言われるほど建物としての完成度が高いらしい。きらびやかな東照宮と比べて質素を極めている閑谷学校。どちらがすごいとかはないが、自分が閑谷学校の方が好きだ。一見は地味だし控えだけど見えないところで努力している。そんな姿はたまらなくかっこいい。建物だけでなく、自分は、目立たないけど見えないところで努力している人がたまらなく好きであり尊敬する。すぐには脚光はえられないかもしれないけど、内面から滲み出る重厚感、清らかさが垣間見えた時、この人には勝てないと思う。自分も閑谷学校のような身より実、富士のような重厚感のある、そんな人になりたい。