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トルストイ「アンナ・カレーニナ 2巻」 人の心は無限

アンナ・カレーニナ 2 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 あらすじ

 ヴロンスキーと破滅的な不倫をしてしまうアンナは、ブロンスキーとの子供を出産する。アンナへの復讐心で離婚の手続きを進めるカレーニンだったが、産後のアンナが死に瀕している姿を見て、全てを許してしまう。体力が回復したアンナは、寛大になった夫を前にしても、ヴロンスキーへの愛を断ち切れず、自分への嫌悪感を募らせていく。一方地主貴族のリョービンは紆余曲折がありながら、ついに愛するキティと想いが通じ合う。

 

 人の心の移ろいやすさ

 人の心はなんて脆くて移ろいやすいのだろう。アンナカレーニナを読んでいるとそんなふうに思う。昨日までは、平穏だった家庭が1人の人間と出会っただけで崩れてしまう。アンナにとっては、ヴロンスキーと出会ってしまったために歯車が狂い始めてしまった。特に恋愛というのはそれだけ、良くも悪くも人の心を動かしてしまうという事だろう。夏目漱石の「こころ」のテーマもお金と恋愛だった。恋愛というものを介してしまったために、先生が友人を裏切ってしまう。自分は大丈夫なんてありえない。どんなに学歴が高くて、どんなに人格的に優れていて、どんなに立派そうに見えても、ちょっとした縁に触れてしまうだけで、崩れてしまう。心は移ろいやすい。

 

 誰かを思いやるのもまた人の心

 人の心は移ろいやすいと言っても、トルストイは、だから人の心は信頼できないということを結論したいのではないと思う。同時に人の心は無限であり、誰かを深く愛することができるということを言いたいのではないだろうか。それが、リョービンとキティが愛を育もうとしている描写であり、きっと人の心を肯定しようとしているのだ。誰かを憎む、嫉妬する、嫌悪する事もできる。けど反対に誰かを愛し、尊敬し、認める事もできる。トルストイが物語を通して、悪縁に流されるな、自分を信じろとメッセージを送っているように思う。

 

 心は無限である

 人の心はきっと無限の可能性がある。ちょっとした悪縁で思いもよらないように転落してしまう。でもこれは同時に、ちょっとした良縁で思いもよらないくらいに成長できるということの証明でもある。だからこそ、自分を過小評価するのは間違いだ。自分にはどんな事でもやり遂げられる。どんな人でも認められる。と信じる方が得である。要は自分の心は、科学では説明できないくらいに広くて深くいのだから、信じた方向に向かっていく。自分には無限の可能性があると思って、日々を生きていこうと思った。